大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(う)127号 判決

被告人 伊藤暁

控訴人 原審検察官

検察官 宮崎与清

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弐年に処する。

但し此の判決確定の日より参年間右刑の執行を猶予する。

押収に係る証第二号(ラムネ瓶一個及その内容物)はこれを没収する。

訴訟費用中原審証人安田信行、同山本祐徳、原審鑑定人山本祐徳、同新良宏一郎に支給した分は、被告人の負担とする。

本件公訴事実中、公務執行妨害の点につき、被告人は無罪。

理由

検察官金沢地方検察庁検事正岡本吾市の控訴趣意は昭和二十九年五月二十日付控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

論旨第一点について。

記録に依れば、本件公訴第一の事実は、「被告人は昭和二十七年七月八日午後七時五十分頃金沢市土取場永町十五番地金沢大学医学部附属病院構内本館正門より東方約三十米の防火用水槽附近で治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的で、水を加えるに因りその数秒後に爆発する性能を有する、爆発物取締罰則に所謂爆発物であるカーバイト約四十瓦入りラムネ弾一本を、日本手拭に包んで、自己の着用するズボン左ポケット内に携帯して所持したものである。」と言うにあるところ、原判決は、被告人が前記日時場所に於て、叙上の如きカーバイト入りのラムネ瓶一本を日本手拭に包んで着衣ポケット内に携帯所持していた事実は、明白であるとしながら、他方、爆発物取締罰則第一条に所謂爆発物とは、理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態に於て、薬品其の他の資料が結合せる物体であつて、その破壊力が公共の平和を撹乱し、又は人の身体財産を傷害するに当り、甚大な危害を与える可能性の極めて大なるものを指称すると解し、先づ被告人の所持せるラムネ瓶は、カーバイトを包蔵するのみで、これに水の配合がなく、該装置の一部に、水を保持、流出するような設備を持つて居ないから、この点に於て前述の如き、不安定な平衡状態に於ける資料の結合体とは認め難いと言い、次いで、その破壊力は、三十糎以内に於て、人の身体の被服せる部分、五六十糎以内に於て、人の身体の薄着又は露出せる部分に、それぞれ傷害を与える程度に止まるから、公共の平和を撹乱し、又は、人の身体財産を傷害損壊するにあたり、甚大な危害を与える可能性が極めて大なるものと言うことが出来ないとし、右見解を拠点とし、結局被告人の前記の所為をもつて罪とならないものと断じていることを認め得る。よつて、以下その当否を判断するのであるが、爆発物取締罰則第一条に所謂爆発物なる用語は、該用語の理化学的な意義を基礎とし、その上に形成された一種の法的概念であるから、従つてその法律上の意義を明確ならしめる為には、先ずもつて、該用語の理化学的な意味を探求するの要あることは言う迄もなく、そこで、鑑定人山本祐徳作成の昭和二十七年十一月二十五日付鑑定報告書と題する書面の記載、鑑定人新良宏一郎作成昭和二十八年七月一日付鑑定書の記載、山本祐徳作成昭和二十八年十一月二十一日付鑑定報告書謄本の記載、原審第十五回公判調書中証人新良宏一郎の供述記載、同第十八回公判調書中証人山本祐徳の供述記載等を綜合すれば、理化学上、爆発なる概念には広狭二義存し、広義に於ては「或る物体系の体積が急激に増大する現象」を、狭義に於ては「或物質の分解又は化合が急速に行われ、一時に熱とガスとを発生し、その体積が急激に増大する現象を、それぞれ指称するものであること、並に爆発物とは、斯る爆発現象を惹起し得るよう、調合装置されたものを汎称するものであることを知ることが出来るのである。しからば法概念としての爆発物の意義如何と言うに、爆発物取締罰則第一条は「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用シタル者及ヒ人ヲシテ之ヲ使用セシメタル者ハヽヽヽニ処ス」と定めているところより判断すれば、同罰則に所謂爆発物とは、広義に於ける理化学上の爆発現象を発生せしめ得るよう調合装置された物の内、爆発作用それ自体の破壊力に依つて、「治安を妨げ又は人の身体財産を害するに足るもの」として、通常畏怖される程度の性能を有するものを言うと解すべきである。何となれば、治安を妨げ又は人の身体財産を害するに足る爆発現象である限り、それが分質の分解又は化合に依るものであると否とを問うべきでないから、従つて、爆発の意義を定めるに当つては理化学上広義の概念を採用すべきであり、さらに、理化学上の爆発物中、マッチ、玩具の花火等のように、爆発作用が極めて微弱であつて、その破壊力それ自体より、治安を妨げ、又は人の身体財産等を害するものとして、通常畏怖される程度の性能を具有して居ないものは、此の際これを問題とする必要がなく、法に所謂爆発物の概念より、これ等のものを除外すべきであるからである。(なお、爆発物の定義中に「通常畏怖される程度の性能」なる用語を使用した所以は、例えば不発に終つた擲弾の如く、具体的な場合に於て爆発の危険がなかつたものであつても、その性質上一般に爆発の虞れありとして畏怖されるに足る装置を持つものである以上、なお、これを爆発物と解すべきであり、これに反して例えば玩具の花火中、偶々人を傷害するに足る爆発力を有するものがあつたとしても、これをもつて爆発物と認めない趣旨を表現するものである。)ところで、原判決は「所謂ラムネ弾の如きラムネ瓶にカーバイトを入れただけで、起爆に必要な資料である水をその中に保有して居ないものは、爆発物それ自体の中に爆発を惹起すべき装置を持つて居らず、従つて、これを目して爆発物であると為すを得ない。」旨判示しているので、まず、この点より検討を開始するに、大審院大正七年五月二十四日の判決は「爆発物取締罰則ノ所謂爆発物タルニハ自然ニ爆発作用ヲ起スト他ノ物トノ衝突摩擦ニヨリテ爆発スルトヲ問ハズ爆発物中ニ爆発ヲ惹起スヘキ装置ノ存在スルコトヲ要スルモノトス」と判示して居り、これに従うならば、例えばラムネ弾の如く、起爆に必要な材料である水を其の中に保有して居ないものは、恰も前記罰則に所謂爆発物に該当しないものの如く思料し得ないではないけれども、しかしながら、叙上諸鑑定の結果に徴するときは、ラムネ弾とは、ラムネ瓶中にカーバイトを包蔵せしめたものであり、その中に水分を添加するときは、カーバイトよりアセチレン瓦斯を急速に放出し口栓によつて瓶内部の気圧が高まり、七、五乃至八気圧に上昇するに及んで爆発破壊し、これによつて人の身体または財産を傷害損壊するものであることが認められるところ、およそラムネ瓶に水分を添加する動作の如きは、これを社会的に観察するときは、恰もマッチをもつて火縄に点火し、又は導線に電流を通ずると同様、一挙手一投足の労に過ぎず、水分の添加によつて前記の如くたちまちラムネ弾は爆発するものであり、しかも前記諸鑑定の結果によつて認め得るが如く、その爆発力は、三十糎以内で炸裂する時は、よく人に対して致命的な傷害を与え得べく、五、六十糎位の距離で爆裂する時に於ても、薄着又は露出せる部分に対しては傷害を与えるに十分であり、その傷害たるやラムネ瓶の破片により頸動脈の切断による致死、眼球の破壊による失明等の結果を惹起する可能性を有するものであつて、その治安を妨げ又は人の身体財産を害するおそれのあることに於て、火薬其の他の爆発物に比し、その危険性の程度に於て何等の逕庭あるを見ないと言わねばならぬ。本件ラムネ弾が、それ自体の中に水を保有して居らないことは、まことに原判決の説示する通りであるけれども、水を除外すれば、爆発を惹起するに必要な一切の装置を備え、水分を吸収しさえすれば、数秒後に炸裂するよう、当初よりその目的で調製されたものであること、鑑定其の他諸般の証拠上、一点疑を容れる余地なく、従つて、これが爆発の危険性を社会的見地より判断するときは、所謂ラムネ弾は、起爆に必要な装置をそれ自体の中に完備したものであるとし、これをもつて爆発物取締罰則に所謂爆発物であると解するのが吾人の常識と適合し、最も穏当な解釈であると考えられるのである。この解釈は必ずしも前記大審院判例の趣旨と牴触するものでない。また、最高裁判所昭和二十八年十一月十三日第二小法廷判決は、「爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、理化学上のいわゆる爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において薬品その他の資料が結合せる物体であつて、その爆発作用そのものによつて公共の安全を撹乱し、人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものをいう。」旨判示して居り、これに従うときは、例えばラムネ弾の如く起爆に必要な材料である水を其の中に保有して居ないものは、恰も前記判示に所謂「不安定な平衡状態に於て薬品その他の資料が結合した物」と言うを得ないかの如く解され得ないではないけれども、しかしながら、前記判旨に所謂「爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態」とは、「或物体系が急激に其の体積を増大する現象を惹起するおそれのある不安定な状態そのもの」を意味し「薬品その他の資料の結合体」とは、「薬品と容器其の他の物資が結付いて一個の物体を構成するに至つたもの」と解するに於ては、ラムネ瓶の如く、これに一定圧力を加えることに依り、容易に爆発現象を惹起し得べき容器中に、カーバイトの如く、大気中の湿気其の他水分を吸収することに依り、急激に体積を増大するおそれのある不安定な物質を容在せしめたるものは、差当り起爆に必要な水分をその中に保有して居ないとしても、なお、或物体系が急激にその体積を増大する現象を惹起するおそれのある不安定な状態にあるものとして、前記判示に所謂「爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態に於て薬品その他の資料が結合せる物体」に該当すると言うを得べく、その爆発作用そのものによつて公共の安定を撹乱し、人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有することは、既に述べたところによつて明白であるから、当審の叙上の見解は最高裁判所判決の趣旨と必ずしも牴触するものでない。叙上大審院並に最高裁判所の各判決は、爆発物取締罰則に所謂爆発物たるには、「その爆発作用それ自体により、公共の安全を撹乱し、人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有すること」を要件としている点に於て、両者其の趣旨を同じうするにも拘らず、その理化学的定義に関する部分に於て前者は「爆発物中に爆発作用を惹起すべき装置の存在することを要す」と言い、後者は「爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において、薬品其の他の資料が結合せる物体であることを要する」旨判示し、前者の所謂「爆発作用を惹起すべき装置」、後者の所謂「不安定な平衡状態」なる用語の意義が必ずしも明確でない結果、此処に若干の疑義の発生するを否み得ないけれども、前顕鑑定人山本祐徳作成の鑑定書の記載、山本祐徳作成鑑定報告書と題する書面の記載により認定し得るが如く、理化学上爆発物の意義を爆発性化合物(例えばTNT)、爆発性混合物(例えば黒色火薬)の如き所謂爆発性物質に局限せず、広く爆発性物体又は爆発性物品(例えばガスボンベ)を総称するものと解するに於ては、判示冒頭に於て説明したる如く爆発物とは「或物体系の体積が急激に増大する現象を惹起し得るよう調合装置されたもの」を汎称すると解するを得べく、この見解は既に説明したるが如く前記二判例の趣旨と必ずしも牴触するものでないのみならず、斯の如く定義するに於ては、空気、瓦斯、真空等を利用した一切の爆発性物品をその中に包摂することが出来る。従つて当審は爆発物の定義を定めるにあたり、右の見解を採用したものである。これを要するに本判決はラムネ瓶に水分を、添加する動作をもつて、恰もダイナマイトに点火する作用の如き、一種の起爆工作に過ぎないと解し、水分をもつて、爆発物を構成する一資料として必ずしも観察しない立場をとるものであり、爆発物の意義を主としてその社会的危険性の面より判断したものである。

さらに原判決は、「爆発物取締罰則に所謂爆発物たるには、その爆発性能が極めて高度であるか或は不特定多数人の身体財産に対し、甚大な被害を与えるに足るものたることを要す。」る旨判示しているので、進んでこの点について案ずるに、同罰則第一条は「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用シタル者及ヒ人ヲシテ之ヲ使用セシメタル者」と定めるのみであり、原判示の如き、(一)爆発性能が極めて高度であること、(二)不特定多数人の身体財産に対し、被害を与えること、及び(三)その被害は甚大であること等の諸点を、犯罪構成要件として、法文中に挙示して居ないから、法文の文理より原判示の如き結論を引出すに由なく、しかるに斯る制限的な解釈論が出現するに至つた所以は、原判決も論及するが如く、爆発物取締罰則の法定刑が、刑法所定類似犯罪の法定刑に比し、幾分重いように感ぜられると言う、唯一点を論拠とするものであるが、本来構成要件を異にする別個の犯罪の法定刑について、各所為に対する刑罰の相対的関係を離れ、もつぱら刑の軽重のみを比較論評するが如きは、殆ど無意義に近い行為であり、さればと言つて、所為に対する刑罰の相対性を承認すれば、刑の軽重を評価すべき客観的基準を見失うに至ることは、敢て此処に説明する迄もなく、従つて、人若し斯の如き、構成要件を異にする犯罪の刑につき、その軽重を論評するに於ては、これより生じ来るその判断なるものは、行為を離れた単純なる刑罰比較論でなければ、多分に判断する者の主観によつて左右された一種の量刑論に外ならず、安定性を尊ぶ法律の解釈に斯る方法を用いることは、決して妥当であると言うを得ない。いわんや、刑法総則には刑の減軽、執行猶予等に関する幾多の規定があり、爆発物取締罰則違反の罪に対して相当寛大な処分を為し得るに於てをやである。爆発物取締罰則第一条に所謂爆発物の意義に関する原審の法解釈は、ひとり法文の文理と牴触するのみならず、相当の根拠なくして、法定の犯罪構成要件に不当な制限を加えた解釈を施し、有責違法の行為に対し、誤つて罪とならざる旨の判定を下したものであると言うべきである。以上により明かとなつたように、原判決は結局法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響すること勿論であるから論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に従い原判決を破棄した上、同法第四百条但書に依り、次の通り判決する。

被告人は昭和二十七年七月八日午後七時五十分頃金沢市土取場永町十五番地金沢大学医学部附属病院構内本館正門より東方約三十米の防火用水槽附近で、治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的の下に、水を加えさえすれば、数秒後に爆発する性能を有する、爆発物取締罰則に所謂爆発物であるカーバイト約四十瓦入リラムネ弾一本(証第二号)を日本手拭に包んで、自己の着用するズボン左ポケツト内に携帯して所持して居たものである。

右事実は、

一、原審第二回公判調書中証人丹保仁五郎、同上浦康縁、同七山幸三郎の各供述記載

一、当審証人尋問調書中証人丹保仁五郎、同上浦康縁、同七山幸三郎の各供述記載

一、鑑定人山本祐徳作成の昭和二十七年十一月二十五日付鑑定報告書と題する書面、同新良宏一郎作成昭和二十八年七月一日付鑑定書、山本祐徳作成昭和二十八年十一月二十一日付鑑定報告書謄本の各記載

一、原審第十五回公判調書中証人新良宏一郎の供述記載

一、原審第十八回公判調書中証人山本祐徳の供述記載

一、原審第二回公判調書中証人安田信行の供述記載

一、押収に係る証第二号(ラムネ瓶一個及その内容物)の存在を綜合してこれを認定する。

法律に照すに、被告人の判示所為は、爆発物取締罰則第一条に定める目的をもつて爆発物を所持したものとして、同法第三条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、犯罪の情状に憫諒すべきものがあると認め、刑法第六十六条第七十一条第六十八条第三号に則り、酌量減軽した刑期範囲内に於て、被告人を懲役弐年に処すべく、なお諸般の状況に鑑み、刑の執行を猶予すべき事由ありと認め、同法第二十五条第一項を適用し、此の判決確定の日より参年間、右刑の執行を猶予すべく、押収に係る証第二号(ラムネ瓶一個及其の内容物)は本件犯罪行為を組成した物件であり、犯人以外の者に属しないから同法第十九条第一項第一号第二項によりこれを没収すべく、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により主文掲記の如く被告人をして其の負担を為さしむべきものとする。

本件公訴事実中「被告人は昭和二十七年七月八日午後七時五十分頃金沢市土取場永町金沢大学附属病院構内本館正門より東方約三十米の防火用水槽附近に於て、警邏中の金沢市警察署刑事巡査丹保仁五郎より挙動不審者として職務質問を受け、更にポケツト内の所持品について質問されるや、矢庭に前記丹保仁五郎の左足向脛を靴穿の儘、蹴飛して暴行を加え、以て同巡査の職務執行を妨害したものである。」との点については、論旨に対する判断の部分に於て説明した通り、犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条に従い無罪の言渡しを為すべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)

検察官岡本吾市の控訴趣意

原判決には法令の適用及び事実の認定に夫々誤があり、而もその誤は孰れも明かに判決に影響を及ぼすもので破棄を免れないと信ずる。

第一点原判決には、判決に影響を及ぼすこと明かな法令の適用の誤がある。即ち原判決は、被告人が昭和二十七年七月八日金沢市土取場永町金沢大学医学部附属病院構内で所持していた所謂ラムネ弾は爆発物取締罰則にいう「爆発物」に該当しないものとなし本件第一、の公訴事実記載の被告人の所為は罪とならないものと断じているのは、同罰則の「爆発物」の解釈を誤つたものでその誤は明かに判決に影響を及ぼすものである。

一、被告人が所持していたラムネ弾の構造作用並に性能。

本件に於て爆発物取締罰則に所謂「爆発物」に該当するか否かの判断の対象となつたところの、被告人が所持していたラムネ弾なるものは、原判決が援用している鑑定人安田信行作成の鑑定報告書、同山本祐徳作成の鑑定報告書及び原審公廷に於ける山本祐徳の供述記載によつて明かな如く、その構造は、口にハンカチを以て栓を施してあるラムネ空瓶中に塊状四級品カーバイト約三十七瓦、粉末化したカーバイト約五瓦が容れてあるもので、その作用は之に適量の水を注加し速かに球栓を閉ざした状態においたとすればその内部において発生するガスの体積が急速に増大するため数秒乃至数十秒以内の後に音響を伴つて破壊し、ガラスの破片を高速度に四散させるもの、即ちラムネ瓶内に包蔵するカーバイトに外部から水が加えられるときは一時に多量のガスを発生して急激な体積の増大を起しその外殻を破裂させるに至る物理的現象と化学的現象とを併せ持つた爆発性を有する物件であり、又その性能は本件ラムネ弾のカーバイトと同種同量のカーバイトを入れたラムネ瓶に水を注入してこれを縦横各五十七糎半深さ八十九糎の四分杉板(厚さ約一糎)作の箱内に投入し箱底から約三十糎の高さに止まらしめてそれを破裂せしめた場合は二十五瓦以上のものが二乃至七個、十乃至二十五瓦のものが八乃至十二個、五乃至十瓦のものが十三乃至十五個、一乃至五瓦のものが四十二乃至八十四個、一瓦以下で大きさ五粍以下のものを除いたものは三十三乃至八十五個の多きに上り、之が破壊した場合はガラスの破片が木箱の四壁蓋及び底板に突き刺さるが一回(一瓶)の破裂毎に一粍以上の傷痕が二十個乃至四十五個に及び、甚しいものは二十五瓦程度の大破片がこの四分板を貫通し、これを人体に接近して作動させる場合三十糎以内にある顔面、頭部、腹部に対しては致命的傷害を与えるに足り、又五十糎乃至六十糎離れているときでも薄着又は露出部には傷害を与えるに足るものである。

二、原判決が本件ラムネ弾を爆発物でないとする理由。

先づ原判決は、爆発物取締罰則に所謂爆発物とは「理化学上の所謂爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において薬品その他の資料が結合せる物体であつて、公共の安全を撹乱し、又は人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものをいうと解するのが相当である」とし、更に右の破壊力は同罰則制定の目的趣旨に鑑みて「公共の平和を撹乱し又は人の身体財産を傷害損壊するにあたり甚大な危害を与える可能性の極めて大なるものを指称するものと解すべきである」と判示し、次いで、本件ラムネ弾が右説示の爆発物なりや否やについて「(1) 本件ラムネ弾は、ラムネ瓶内に包蔵するカーバイトに外部から水が加えられるときは一時に多量のガスを発生して急激な体積の増大を起し、その外殻を破裂させるに至る物理的現象と化学的現象とを併せ持つた爆発性能を有する物体であるけれども、(原判決は、理化学上の所謂爆発現象というのは、固体、液体、気体に拘らず急速にその体積が増大する現象をいい、一般の例の爆発は通常物質が分解または化合するにあたりその進行速度が極めて急速であつて、一時に多量のガスを発生し、体積の急激な増大を来す現象をいうと述べている点から見て、ラムネ弾に水を入れた場合は所謂理化学的爆発現象を起すことを認めていると考えられる。)それはそのままの状態において簡単な起爆操作即ち軽微な衝撃摩擦又は加熱で以て直ちに爆発現象を惹起するものではなく、ラムネ瓶中の資料に水なる他の成分が外部から適当に配合されることが必須の要件であることが了解せられる。被告人の所持していたラムネ瓶にはカーバイトが包蔵されているばかりで水の配合がなく、また同物件の装置の一部として水が保たれ、その流出する機能を果すべき素朴な装置すら施されていないものであるから、前記爆発物の意義において述べたような不安定な平衡状態における資料の結合体とはいい難いものである。(2) またその破壊力については山本祐徳の鑑定報告書等によれば、破裂したラムネ瓶のガラス破片が人体に傷害を与えるに足るものではあるが、前記の如く四分杉板作りの箱内でラムネ瓶を破裂させた場合板を貫通した破片は板を貫いてころりと落ちた事もあり或は貫通して外に飛び出した場合もあるが、外に飛び出してもその距離は一米位でそれは数多い実験において一、二個あつたに過ぎないものであり、また数回の実験後においても木箱自体はぐらぐらする程度であつて破壊されなかつたことが明かで、その破壊力なるや公共の平和を撹乱し又は人の身体財産を傷害損壊するにあたり甚大な危害を与える可能性が極めて大なるものとはいうことが出来ない。」との理由から、本件ラムネ弾の構造装置性能の限度では未だ以て爆発物に該当しないと認定したのである。

三、併し乍ら、原判決の右の法律解釈は左の理由により明かに失当である。

(1) 水の配合がないから本件ラムネ弾は未だ爆発物でないとの見解について。同罰則に所謂爆発物の定義については大正七年五月二十四日及び同年六月五日の各大審院判決があり、之によれば爆発物とは只単に火薬類取締法の規定する火薬、爆薬類を成分とするもののみに限らず「化学的其の他の原因に依りて急激なる燃焼爆発の作用を惹起し、以て公共の平和を撹乱し又は人の身体財産を傷害損壊し得べき薬品其の他の資料を調和配合して製出せる固形物若しくは液体を指称するもので、自然に爆発作用を起すと他の物との衝突摩擦に因つて爆発するとを問わず爆発物中に爆発を惹起すべき装置の存在することを要するものとす」とあり、爆発物の定義として最も妥当なものと謂うべきであるが、右判決にいう「資料の調和配合」若しくは「爆発物中に爆発を惹起すべき装置の存在」というのは、文字通りその物自体にかかる爆発作用を引き起す成分と装置を完全に具備しておる場合のみを意味し、他の成分を添加することが爆発作用を引き起す必須の要件をなす場合には、その添加前の状態における物体は、たとえその添加さるべき成分が何時でも極めて容易に入手し得るものであつても未だ爆発物としての適性を具備していないこと迄をも意味していると解すべきではない。かかる解釈をとらず原判決の言う如き解釈をとるとするならば、それは分析判断に拘泥した極めて皮相な解釈で同罰則の制定目的を無視したものに外ならない。果せるかな、明治二十五年一月十四日の大審院判決は同罰則第三条規定の爆発物所持罪の解釈として「既ニ其爆発スヘキ性質ヲ具備セル諸原料ヲ自己ノ手ニ取集メ必要アルトキハ自由ニ使用シ爆発セシムル事ヲ得ヘキモノトナシタル以上ハ、仮令ヒ其薬品其ノ他ノ物品ヲ調合シ一物体ト為ササルモ、爆発物ヲ所持シタルニ外ナラサルヲ以テ爆発物取締罰則第三条ニ因リ処断スヘキニヽヽヽヽ」と判示しており、右解釈は当職の見解と吻合している。従つて同一人が各種の原料等を未だ調合しないままで所持している場合や、数人が共謀して原料の各一部分宛を所持している場合に爆発物の所持を以て論ずべきは勿論、仮にその原料のうち水を欠いていたとしても、水の如きは何時でも極めて容易に任意の所で入手し得るものであるから、他の原料において全部備つている限り爆発物の所持と解しても毫も誤つていないと信ずる。たまたま逮捕の際被告人が所要の水を所持していなかつたからとて爆発物としての要件を欠如するという如きは、爆発物取締罰則を死文化せんとする解釈で到底承服し難い。

(2) 爆発物たるには破壊力が公共の平和を撹乱し又は人の身体財産を傷害損壊するにあたり甚大な危害を与える可能性が極めて大なることを要するとの見解について。

原判決の判示する如き右のような見解は余りに狭きに失し、承服し得ないところである。爆発物の定義については前記大正七年五月二十四日及び同年六月五日の各大審院判決に示すところのものが最も妥当なもので、即ち爆発物たるには(一)その構造に於て薬品その他の資料を調和配合して製造した固形物又は液体であること(二)その作用に於て化学的爆発であると物理的爆発であるとを問わず急激なる燃焼又は爆発の作用を惹起するものであること(三)その性能において前記の作用を惹起し公共の平和を撹乱し又は人の身体財産を傷害損壊し得る能力のあることを要すると共に、右の条件を以て居るのであつて、原判決が判示するように爆発の程度が特に強大なることは何等その要件でないのである。原判決が爆発物につき被害の甚大性を要するとの制限解釈をする理由は、同罰則の法定刑が刑法に定められる類似の犯罪に対する刑罰と対照して著しく重い点にあるようである。成る程、同罰則の法定刑が刑法の定める類似の犯罪に対する刑罰より重い事は明かである。併し乍ら両者の法定刑の軽重を以て爆発物につき前記の如き制限的解釈を施すことは誠に理由なき皮相の見解であると云わねばならない。蓋し、刑法に定める類似の犯罪に対する刑罰規定(刑法第百十七条、第百三条、第百四条、第百十三条、第二百一条等)は犯罪成立の要件として事実の認識(犯意)のみを以て充分となして居るのに反し、爆発物取締罰則第一条乃至第四条は犯罪成立の主観的要件として事実の認識(犯意)の外「治安ヲ妨ゲ又ハ人ノ身体、財産ヲ害セントスルノ目的」を必要とし、第五条、第八条、第九条は「第一条に記載したる犯罪者の為め」「第一条乃至第五条ノ犯罪アルコトヲ認知シタル時ハ」及「第一条乃至第五条ノ犯罪者ヲ」と夫々規定し、何れも「治安ヲ妨ゲ又ハ人ノ身体、財産ヲ害セントスルノ目的」を有する犯罪者又は犯罪に関する規定であることが明白である。同罰則の法定刑が刑法の類似の規定に比して重いのは、実に同罰則の犯罪は主観的要件として事実の認識の外に前記の如く治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的であることを必要とし、且つ使用物品が爆発物なる特殊の物品であるが故であつて、それだからこそ同罰則第六条は爆発物を製造輸入、所持し又は注文した者につき前記目的の立証なき場合は同第三条の法定刑を二分の一以下に軽減したものである。

このことは同罰則の草案理由書ともいうべき明治十七年十二月十一日附参事院上申にかかる「爆発物取締罰則説明」に「夫れ爆発物の使用如何に由て其国家に大害を与うるは、欧米各国の方に憂慮して之を撲滅するに怠らざる所なり、凡そ非常の大害あるものを禁遏せんと欲するには、亦必ず特別の法律を以て処置せざる可からず、是れ本則を設くるの今日に必要なる所以あり。本則に於て最も悪んで痛く禁遏を加えんと欲するの主眼は、爆発物を使用するの目的と其使用する物品とに在り、故に苟も他に危害を与えんと欲して爆発物を使用するものは、其の治安を妨ぐると、人の身体、財産を害するとを問はず、之を同一の刑に処す他なし。其危害をなすの大小軽重にあらずして爆発物を使用するの目的と又其使用したる物品の爆発物たるとを悪みてなり。云云」と説明していることに徴しても明かであつて、法定刑の重いことを以て前記の如く制限的解釈をなすは本末顛倒の議論と云わなければならない。

(3) 爆発物を右の如く解すれば、本件ラムネ弾は明かに爆発物といわなければならない。

本件ラムネ弾は前記の如く、その構造はラムネ瓶の中にカーバイトを入れたもので之に水を注入すれば瓶中のカーバイトがアセチレンガスを発生し、瓶中の球栓が瓶口を密閉し高圧となり破裂する様に装置されたものであり、その作用はラムネ弾中に適度の水を注入し瓶を傾斜させるによつてアセチレンガスが瓶中に充満し、高圧となつて瓶を破壊し物理的現象と化学的現象とを併せ持つた爆発性能を有するものであり、その性能に至つてはその爆発により多数のガラス破片を四囲に飛散せしめ、これにより一時に多数の人の身体財産に傷害損傷を与えるに十分な威力を有するものであり、前記大審院判決の示す爆発物の要件を完全に充すものである。

四、凡そ法はその目的に従つて解釈せられるべきである。特に爆発物取締罰則の如き治安上重大な取締法規については前記明治二十五年一月十四日の大審院判決の示す如く区々の法文の定義にこだわらず、法の真意を探究して合目的的な解釈が打ち立てられるべきであつて、原判決の云う如く容易に入手し得る水を逮捕当時所持していなかつたからとして爆発物でないと解するのは、爆発物取締罰則の規定を死文化し正当な解釈でない。又原判決の如く、同罰則の刑罰が重いことを理由として同罰則の爆発物は爆発物中その爆発力の強烈にして甚大なる被害を与える可能性の極めて大なるものに限定した見解は、法律解釈の専擅を招き、延いては法律の安定性を害すること明かである。

以上の如く原判決は爆発物取締罰則の解釈を誤り、その結果適用すべき法律を適用しなかつた違法な判決である。

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